パパにとって子育てはパンドラの箱?みんなで開ければ社会は変わる!

パパ子育てはパンドラの箱 夫婦関係の魅力化

夫婦関係の良し悪しは、魅力的な子育て環境づくりとして跳ね返ってくるから、ママがパパに伝えたいメッセージがあるときは、真剣に向き合おうと思ってる。

先日、妻とこんな話をしたんだけど、なるほど〜と妙に腑に落ちたことがあったので、早速紹介。

パパにとっては耳が痛いとこもあるけど、ママにとっては切実な訴え。

子育てに対する社会全体の雰囲気をうまく表現している気がするので、自分の胸に手をあてながら読んでもらえるといいかな。私も含めて。

パパにとって子育てはパンドラの箱なのか?

ママ
ママ

オトコって、自分が特権階級にでもいるとでも思ってんのかしら?

パパ
パパ

どうした? また俺なにかやらかした?

ママ
ママ

いや、一般論のはなし。

仕事が忙しいからとか、付き合いでちょっと飲んでくるって簡単に言うけど、ママひとりで子どもたちの面倒を見るってどんだけ大変なことかわかってんのかな?

パパ
パパ

それくらいはわかってるんじゃない?

それに毎日家族が寝てる間に出社して、午前様っていうパパもたくさんいるんじゃない?

そんなパパにとっては、子どもの寝顔見るだけしかできないでしょ。

 

ママ
ママ

もちろん、本当に仕事が忙しくて深夜に帰ってきてヘトヘトで何にもできないってときもあるだろうし、そんな時でも頑張れって言ってるわけじゃないんだよ。

ただ、そういう時でも、せめてママの気持ちを理解する姿勢くらいは示してあげたらどうかなって思うんだけど?

少し話し相手になるでもいいし、一緒に今日の出来事を聞いてくれるだけでも違う。
それこそ『ありがとう』の一言だけでもほんとに救われるんだよ
一日中子どもと2人だけの閉鎖的な空間で、まともな会話もできずにいるって、想像以上に過酷なのよ。

 

パパ
パパ

いつもありがとうございます。

ママ
ママ

やっぱ、言葉以上のものも欲しいわ。お皿洗っといて。

パパ
パパ

・・・。

ママ
ママ

けど、やっぱ、気持ちなんだよね。

一緒に子育てしていこうっていう気持ち。
それがあるだけで、一体感というか安心感があるし、孤独感みたいなものは感じなくなる。気持ちよ!
実際にパパが育児や家事をできなかったとしてもいいのよ。
それをわかってほしいな。

パパ
パパ

俺は、そういう気持ちで頑張ってるつもりなんだけど?

ママ
ママ

そうね。比較的マシな方だとは思うよ。

けど、どっかで私に任せとけばなんとかなるでしょって思ってるでしょ?

パパ
パパ

う〜ん、そうね。実際、なんとかなっちゃうし。

ママ
ママ

そこなんだよ。オトコがダメなとこは。
結局、妻に丸投げしておく方が楽なんだよ。なんとかしてくれるってどっかで思ってる。
『子育ては自分ゴト』だって口では言うし、頭でもわかってるはずなんだよ。

でも、全然行動が伴ってない。口だけなんだなって思っちゃう。

私、思うんだけど、オトコは既得権益を侵されたくないだけなんだよ。

パパ
パパ

なにが権益なの?

ママ
ママ

ビール片手にテレビ

パパ
パパ

ん? どういうこと?

ママ
ママ

仕事から帰って、テレビの前でふんぞり返ってるポジションを奪われたくないんだと思う。
だから、奥さんが憔悴してるのも見て見ぬフリ、孤軍奮闘でも気づかないフリ
奥さんが一日、どんなに格闘してたのかなんて想像すらしようとしないんだよ。
あえて首を突っ込もうとしない。
うっかり首を突っ込もうもんなら、自分もやらざるを得なくなるから。

ビール片手にテレビっていうポジションを失っちゃうからね。
パパにとっての子育てってパンドラの箱なのさ。

パパ
パパ

なるほどね。

ママ
ママ

ほんと、いつまで奥さんに身の回りのお世話をしてもらえると思ってんだか?
いつまでボクちゃんでいたいんだよって話よ。

こっちはトイレに行くことすらままならないのに、夫の世話まで降りかかってきたら、そりゃ愚痴の一つや二つ吐きたくなるでしょ。
『オマエは我が家の長男かっ!?』ってツッコミたくなるわ。

いいかげんぬるま湯に浸かってるオトコは、そろそろ目を覚ましてもらいたいわね。

パパ
パパ

ちなみに、今言ってることって一般論だよね?

俺に向けて言ってるない?

ママ
ママ

否定はしないけど。

パパ
パパ

言ってるじゃん!

ママ
ママ

そう思うんなら実践して。

パパ
パパ

お皿洗ってくる。。。。

妻の指摘の評価(という名の反省)

パパの子育てはパンドラの箱_反省

ママの指摘は、耳が痛いが、意外と鋭い!

確かに、日本の育児事情は、『オトコは仕事、オンナは家事と育児』という暗黙の了解の上に成り立ってる。

だから、『仕事』に紐づくことは、まるっと『仕事』の一環として許容されている(と思い込んでる)。

さらに、調子に乗って、『仕事で疲れた体を休める一連のグウタラ』も『仕事』の派生現象として許容されている(と思い込んでる)。

それがママから見れば、『既得権益』に映ってるんだろう。

自省も込めて、自分の言動を振り返ってみると、今でこそ(妻の教育効果もあって)積極的に育児・家事を分担しているつもり。

だけど、上の子がまだ1歳前後のときは、少なく見積もっても、『既得権益』にぶら下がっていたかもしれない。

自分自身では、そんなつもりじゃないんだけど、今振り返るとそうだった。

というよりも、実際、どう振る舞えばいいかわからなかったってのが正直なとこ。

家事にしろ、育児にしろ、ママの頭の中にはTO DOリストがぎっしり詰まっていて、それが合理的にスケジューリングされている感じがしてたし、そこにパパのぎこちない家事や育児が入ると、逆にスケジュールがぐちゃぐちゃになりそうな気がしてた。

実際に、これやっといたらいいかな?って中途半端に手をつけると、むしろ仕事を増やしちゃったりってこともあったからね。

当時を振り返ると、無能な社員みたいに指示待ち人間だったし、家の中では居場所がなかった感じ。

どうしたらいいかわかんなくて、スマホでもいじってみようかな…ってなるんだけど、そうすると、ママが休憩も取らずに所狭しと動き回っている横で、罪悪感MAX

ん〜、

でも、こう書いていて思ったけど、やっぱ言い訳、っていうか逃げだな。

ママに任せとけばいいやっていう気持ちが実際あったし、積極的に動けば動くほどやることが次から次に降りかかってきそうなことは薄々感じてはいたから、当たり障りがないように、できるだけ触らないように、コソコソしてたような気がする。

『パンドラの箱』っていうたとえは案外的を射てる。

開けたら最後・・・って、確かにそんな気がしてた。・・・反省

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